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巻末コラム。基本的にインタビューを主とした取材記事で構成される。
1988年4月号より開始。
1993年4-5月情報号 にリニューアルし、以後「FORE!」となる。
1988年4月号 歴史三部作
「歴史のドラマを体験することがシミュレーションの楽しみ」
襟川洋一氏(株式会社光栄代表取締役社長)
1988年5月号 イース
「出会いや別れが心に残るような生活感のあるRPGを作りたい」
宮崎友好氏(ゲームシナリオライター)
1988年6月号 J.B.ハロルドシリーズ
「中をあけたときのときめきから解きおわったときの満足感まで」
鈴木里香氏(リバーヒルソフト取締役)
1988年7月号 R・TYPE
「ゲームの潮流を替え、社会をも変えてしまうゲームを作りたい」
ABIKO/AKIO/N0RIB0Z(アイレム販売・開発部)
1988年8月号 アレスタ+ディスクステーション
「のーみそこねこねコンパイルがMSX界に吹きこんだ新しい風」
仁井谷正充氏(コンパイル社長)
1988年9月号 激ペナ
「激ペナ選手たちのモデルは、『パロディウス』のプログラマ」
福武茂氏(コナミ開発部PC統括マネージャー)
1988年10月号 FMパック
「次は、みんなでわいわい遊ぶマルチプレイヤーゲームを!」
平賀和明氏(松下電器産業・PAPディレクター)
1988年11月号 シンセサウルス
「ジャンルにこだわりたくないオールマイティソフトハウス」
辻谷執茂子氏(BIT2開発部長)
1988年12月号 ラスト・ハルマゲドン
「いつか、そのうち、かならず、ラブストーリーものを作る!」
飯島健男氏(ブレイン・グレイ取締役開発本部長)
1989年1月号 あーぱーみゃあどっく
「おみゃあの予想しとりゃーすとーりパロディー版なんだわ」
吉川泰生(T&Eソフト広報課長)
1989年1月号 ぎゅわん自己
「思考ルーチンもグラフィックも、MSX版が最高の出来!」
松田充弘(ゲームアーツ代表取締役社長)
1989年3月号 マスター・オブ・モンスターズ
「理づめの大戦略から生まれた純粋社内生産のファンタジー」
木下聖雅(システムソフト社長室広報課課長)
1989年4月号 フジテレビ通りから発信する「物語」と「遊び」のデザイン 工画堂スタジオ
1989年5月号 いろんな顔した遊びの大群が蒲田から行進してやってくる namco ナムコット事業部
1989年6月号 MSXのイベントにミニ4駆が加わって、最高に盛りあがった MSX SPRING TOUR '89
1989年7月号 歴史シミュレーションの世界を本と音楽の分野にも広げていく 光栄
1989年8月号 これからうんと期待できそうな限界と戦う新しいソフトハウス ヘルツ
1989年9月号 ディスクステーション月刊化をまえに燃えるソフトハウス コンパイル
1989年10月号 MSX版『イースⅢ』とアニメの『イース』、どちらが早いか 日本ファルコム
1989年11月号 人気SF『銀河英雄伝説』を2年がかりでゲームソフト化 ボーステック
1989年12月号 パソコンとアニメがはじめて本格的に出会った『ブライ』 リバーヒルソフト
1990年1月号 新しい分野の可能性を探りつつソフトハウスから感性ハウスへ コナミ in東京
1990年2月号 独立したゲーム作家飯島健男はこの1年なにをしていたか パンドラボックス
1990年3月号 遊び手から作り手側にまわってこーんな人気RPGを制作した バショウハウス
1990年4月号 MSXのおかあさん・アスキーの奥深くで、400万台の歴史を見た MSX推進部
1990年5月号 全国のMSXユーザーが待つイベントはここからはじまる イベントスタッフ事務局
1990年6月号 なにをやってくるかわからないと業界では名の通った開発会社 バンプレスト
1990年7月号 十字軍のCGをかいているのはどんな人たちなのか見たくって ビッツー
1990年8月号 日本と欧米の感性とロジックのちがいを遊びは乗り超えうるか マイクロプローズジャパン
1990年9月号 このゲームは無断で楽しむ他、個人で法律その他できません。 ベロンチョ
1990年10月号 ファルコムさんがやるとしてもせいぜい「キスシーン」止まり 美少女クォリティ
1990年11月号 グイグイ引きこむMSXViewがもたらす手づかみの電脳世界 タボちゃんの可能性
1990年12月号 turbo R用のゲームの可能性は今までの10倍くらいに広がった タボちゃんの可能性②
1991年1月号 メンタイコと人情の街・博多でターボR専用ソフトがムキムキ タボちゃんの可能性③
1991年2月号 銀色コンパニオンの群とともに浮上してくるターボRが見えた タボちゃんの可能性④
1991年3月号 いわずと知れた、あの米チャは予約のターボRをじっと待った タボちゃんの可能性⑤
1991年4月号 10階の窓からドリームランドを眺めつつプログラミングの日々 受験直前のNAGI-P
1991年5月号 草ネットの現場から イラストレーター しまづ★どんき
1991年6月号 21世紀都市の息づかい 3月27日、仙台のMSXフェスティバルで
1991年7月号 OZO、受験とMSXと麦畑 二度目の春を待つ『Speeder』、『Fighting Soccer』の作者
1991年8月号 千代田区三番町、地学教室のMSX 大妻中高等学校で良妻賢母候補をデジタル化してゆく田仲義弘教諭
1991年9月号 草上の秘密編集会議 付録ディスクにかけたわたしたちの7月
1991年10月情報号 スーパー付録ディスク制作記 あるいは、お盆休みへブラックアウト
1991年11月情報号 ゲーム業界のペレストロイカ CGデザイナー木村明広の所属する「仕事場」ライトスタッフ
1991年12月情報号 パナソニック、A1GTとMSXのこれからを語る RAMとROMと端子とマニュアルの多い、内部充実型新MSX、A1GTを作った人々
1992年1月情報号 Mファン大賞受賞作「HIQURE」の作者のニンマリ 駄菓子屋さんにはじまり東京タワーで終わったハイキュアな夜
1992年2月情報号 完成前夜、幻影都市建設現場を訪ねて 「おたくの巣窟」マイクロキャビンが放つ連続攻撃
1992年3月情報号 MSX業界の生協を目指すMCCとは 反ゲームマシン派小学生が大きくなったMSXの志士たち
1992年4月情報号 1992年もMSXを盛りあげるタケルの野望 『ソーサリアン』、『スーパー上海』に続いて『ブライ下巻』、ではその次は?
1992年5月情報号 明るいナショナル、元気なパナソニック 春の光と風にはためく日の丸の旗のもと、GTの「次」を考える人々
1992年6月情報号 ルドルフ、アー・ユー・リアル? オランダの同人誌『MSX-ENGINE』特派員を待ちながら
1992年7月情報号 舞台美術に使われたAVフォーラム作品 打った人、打ちこんで載せた人、それを見て感心した人
1992年8月情報号 “美形”のCGデザイナー・川口洋一郎に12の質問 大ヒット『プリンセスメーカー』の移植監督はドットで世界を見る
1992年9月情報号 国際線で飛ぶMSXゲーム 全日空のシートテレビで人気の集中する「TVゲーム」の正体
1992年10月情報号 お好み焼きとMSX 来日したMSX-ENGINE編集長Loek van Kooten
1992年11月情報号 霊峰富士とホルスタイン渡辺 正座してスキャナとマウスをあやつるCGコンテスト常連
1992年12月情報号 マイシティーで育つシムシティー 霧雨のなか、MSX版『シムシティー』を待ちながら
1993年1月情報号 数千人のOrcが集まるパソケットとは 屋形船の浮かぶ川沿いに朝からならぶパソケット通
1993年2月情報号 AT&Tが持ってきた、近未来のイメージ ホビットという名のCPUが電話とパソコンのあり方を変える
1993年3月情報号 TPM CO.SOFT WORKSの日常生活 Mファン大賞「DELVINDUS」の生まれた部屋でインタビュー